[ 倫理的経済的 ]
 

文:浅輪剛博

 セカイノカラクリ解決編 その1 『消費者の協同』

投資家ではなくて、事業に直接かかわっている個人個人が協同して事業設備を管理・保有していく。それが協同組合です。しかし単に事業をすれば普通の企業と変わらなくなってしまう。利潤を消費者に還元するべきだ。それが、ビアトリス・ポッターの考えでした。彼女の考えを現代において生かすにはどうしたらいいか。



Beatrice Potter Webb
1858-1943

1 「生産者」協同組合は?

1891年に彼女は、『英国の協同組合運動(邦題『消費組合発達史論』)』という本を出します。その本で、彼女はそれまで優勢だった「生産」協同組合第一主義に終止符を打ちます。生産協同組合は結局、生産者、つまり、商売する人として、市場で販売して利益を出さねばならない、という逃れようのない条件の下で存在するしかなく、その結果、資本主義の株式企業などと根本的に差が無くなってしまう。そう彼女は言います。もちろんそれは事業的に成功した場合で、成功しなければ、単にアナクロニズムな職人工場のようなレベルに落ちてしまうだろう、と。彼女の文から引用しましょう。

「つまり次のことが明らかである。すべての生産者の集合体は、資本家が労働を雇う形であろうと、労働者が資本を買う形態だろうと、あるいは、その二つの形の合わさったようなものであろうと、われわれの共同体の利益とまったく反するものになるだろう。残念ながら生産者として製品を販売する立場である限り、利益追求者にならざるをえない。生産コストと販売価格の間に大きな差額を維持しようとするだろう。」(原著156頁(215ページ)


これはたとえば、最近、有名なスペインのモンドラゴン協同組合に関して調査したシャリン・カスミアの意見と一致します。(『モンドラゴンの神話』)モンドラゴンの実体も、実は利益主義であって、そのために労働者の権利を十分に保障していない、とか。昔だけでない。今でもそうなのです。それは、生産協同組合の人たちが悪徳だからではありません。多くはとっても心の優しい人たちです。しかし、「生産者」という商売の条件が、どうしてもそういう行為をするようにさせてしまうのです。

その代わり労働者にとって大きな力になるのが、消費協同組合である、とポッターは主張します。というのは、消費の場においては、労働者は購買力を持った、経済行動の主人公となって現れるからです。貨幣を持っていれば、価格のついたものはすべて手に入れることができます。しかし、逆に貨幣以外のものに価格をつけたからといって、貨幣に変えられるとは限りません。たとえば、この目の前にある鉛筆に一本100円、という値札をつけたとしても、それが売れるかどうかは分からないのです。職探しの場合も同じです。例えば私は時給5000円の価値がある、といくら主張したところで、その値段で誰かが雇ってくれる絶対の保証はありません。逆にあなたのポケットに5000円札が入っていれば、それだけのものを買えるわけです。だから消費の場に立ったときのほうが、労働者は圧倒的に立場が強いのです。

また、商売をするためには売る前に先ず買わなければなりません。原料や、道具、労働力、などです。それらを加工したり、違う場所に輸送したりして、その後その商品が売れた時に初めて商売となるのです。だから、商売を始める前に、いくら儲かるか(あるいはいくら損するか)は、実は分かりません。だから確実に利潤をだそうということも、逆に確実に利潤をゼロにしようということも、難しいのです。生産者協同組合は、労働者が会社を所有して利潤がゼロになるようにと経営する、ということが目標だったわけですが、ポッターに言わせるとそれは土台無理な注文だったのです。

もし、協同組合の真の目的が「利潤」をどんどん増やそうという欲動を止めることにあるのならば、生産者の立場としては、最初に安く買って(時には品質の悪いものを)それを高く、たくさん売る(不必要に沢山買わせる、要らない付加価値を付ける)という動機がどうしても出てきてしまう。


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