[ 倫理的経済的 ]
 

儲けを社会に、消費者に還元する方法、権力の固定を作らない方法、そして、情報公開を進める、そんな「新しい働きの場」はこんな風に作られる。


文:浅輪剛博

 セカイノカラクリ解決編2 『新しい働きの場』


アタラシイハタラキノ バ

「新しい働きの場」を作ろう。
 商人の「会社」のカラクリについて考え、「新しい働きの場」を作ろう、と呼びかける人もいる。カネとそれ以外のものとの交換は対等ではない。なぜかと言うと、お金を持ってればどんな商品でも買えるけれど、逆にある商品を売って金に変えるのは大変だから。カネ持ってるほうが勝ち――なのである。ようするに、カネと「働く人間」との交換も対等ではない。働く人間を雇う商人が、結果として儲かったとき、働く人間は不公平を感じるだろう。
 『儲かった分、給料上げないと、働かないぞ!』と要求をすればいいと言う人がいる。働く人の「給料上げろ」という要求は、その商人にとっては厭なことだけど、商人全体にとっては都合がいい。働く人は、別の時間では買う人だけど、その買う人の懐が潤うということだから。それなら、給料を上げろと求めることは大きな目で見れば両方にとっていいことなのか?
 ここにカラクリがある。給料が上がったら、今後はそれ相応の働きを求められるし、優秀な新人が給料の高さに惹かれて入ってくるという点では商人は嬉しいのだ。それに、儲かった分のすべてを渡せ、とは働く人間も要求しない。なぜなら、そうしてしまうと会社が大きくなるために必要なカネが残らない。そして銀行のように、カネを貸して会社に頑張ってもらい、利子としてあとで儲けを上乗せして返してもらおうとする人がいなくなってしまうから。そのために倒産してしまっては元も子もない。
 とにかく、高い給料を得るにはもっと大きな儲けを得なくてはならない。儲け…安く買って高く売る…無駄なものを多く売る…外国人と子孫の富を奪う…。皮肉なことに、働く人の正しい要求が結果としてセカイノカラクリを続けさせるのだ。

儲け、というのを冷静に考えるとこういうことだ――働く人間は別の時間では買う人間なので、全体として見れば、働く人間は自分で作ったものを、商人から買い戻している。この差額こそ、商人の儲けだ。まるで漫画のようだけど、現実がそうだから面白くない。この漫画的世界を越えるにはどうすればいいか?それに答えようとするのが「新しい働きの場」を考える人たちだ。
 人間にはなにかを売る時と買う時がある。いつだって、『買う時』が強い。つまり、カネを持ってる方が強いのだ。働く人間よりそれを買う商人の方が強いけど、商人より「商品を買う人間」のほうが強い。
 「働く人間」も別の時間では「買う人間」だ。セカイノカラクリに不自由を感じている人間は、商人から何も買わなければいい。では代わりにどこから買うか?おかげで作ったものが売れなくなって失業した人は、どこで働けというのか?

そこで、「新しい働きの場(「買う=働く」人たちでいとなむ団体=アソシエーション)」というのが考えられた。その新しい働きの場では、みんながカネを出し合うので、アソシエは商人=投資家(社長や会社にカネを貸す人)のものではなく、みんなのものだ。働く人は商人に買われるのではなく、自分で自分を買うのだ。
 ふつうの会社では、社長をみんなで選ばないが、「新しい働きの場」の代表はちがう。まず、何人か社長に向いてる人を選挙で選ぶ。もちろん、どの人がどんな能力があるかを示すために、情報を公開するのが重要だ。変な人気投票みたいになってもよく無いから。そして、どんな能力があるかをそれぞれが探せるようにいろんな仕事を交代でやってみるのも重要だ。バレーボールのローテーションみたいなものだ。

まだアソシエーションが小さいときは党派性は無いが、大きくなってくると問題がおきてくる。そこでさらに、選挙で選ばれた複数の人からくじ引きで選ぶ(昔のギリシャやイタリアの町ではそうしていた)。なぜかって言うと党派性みたいなのを防ぐためだ。最後に偶然性が残されていれば、誰かについていったり「俺についてこい!」なんて言うことも出来ないから。最後にくじ引きを行うというのは、実は2番でも3番でも、代表になる可能性があるということだ。そうすると人気ではなく、本当に役に立つ人をみんなが考えなくてはいけなくなる。
 つまり、「勝利」(一番になること)が確実で無いから、つまり「敗者」(一番になれなかった人)も選ばれてしまう可能性があるので、票に入れる人は誰がなってもいいように、と、確実に能力があるという人を選ぶようになる。選ばれたい人も、一番人気になりたいから、といって、変なリップサービスをしたり、言葉はみんなに受けるようなことを言って中身が無いということでは仕方が無くなる。

で、そんな「新しい働きの場」だけど、こんな風に中身だけ決まってもしょうがない。市場にでなくちゃいけないから。このアソシエでも、安いものを高く売る、のを禁じることはできない。作ったものが市場で売れるかどうかわからないし、赤字になって倒産しちゃうようなリスクは同じだから。
 ようするに、儲けを狙って働かなければ、アソシエ自体が成り立たない。ふつうの会社との競争に負けないために、とりあえず儲けを狙わなくてはいけない。だけど、儲けを狙ってしまっては、今の世界のカラクリと同じだ。ああ、どうしたらいいのだろう!どうしようもない。

あきらめないで、もうちょっと考えてみよう。つまり問題はこうだ。儲けを狙わなければ、アソシエーションはつぶれる可能性が高い。ならば、つぶれない程度の儲けを確実に稼ぐことはできないだろうか。「あくどい」稼ぎ(軍事産業や環境に悪い商売。または消費者をだましてたくさん稼ぐ)を避けて、必要な経費だけを稼いでいます、と示しながら、商売をすればいいのではないか。こんなことのためにはどうしたらいいのか。
 まず、買ってくれる消費者との間をどんどん縮めて、情報もお互いに行き会うことができるようにして、そうすれば、ある程度の量を確実に買ってくれる、という保障が出来てくるのではないか。注文生産、発注みたいなことをどんどん広げていけないか。
 さらに、たくさん儲けてしまったときは、それをアソシエーションが独り占めするのではなくて、確実に社会に還元します、とすればいいのではないか。そう、何かの市民活動に寄付したり、いっそのこと、消費者自身に儲けを還元したらどうか。それを確実にやっていると示すために、企業の会計も積極的に公開する。

「新しい働きの場」では、儲けた分は客に返す(客の立場としては、返してもらう)。それはようするに、働く人間の給料が上がったことに等しい。働く人間も別の時間では客だから。ようするに、余ったカネは会社に貯めたり商人の儲けとはならずに、世の中に返すのだ。ふつうの会社にカネを貸す人は、見返りを期待してその会社が大きくなってさらに儲けることを願う。「新しい働きの場」でははじめはカネが集まらず、小規模であるかもしれないけれど、儲けが買った金額に応じて返ってくるという仕組みならば、多くの客を集めるだろう。そうすればアソシエーションは大きくなれる。
 たとえば、買った商品にIDが付いてきて、それを「新しい働きの場」のホームページに登録する。そうやってそれぞれがいくら購買したかが記録されていく。一つの営業期間が過ぎたら、それを参照して、購買者に配当を分配する。
 または、購買者一人一人がカードを持っていて、店先で、買った金額を記録していく。そのカードを一定期間後にアソシエーションに持ってくれば、還元分が返される。

「新しい働きの場」は秘密をもってはいないだろう。商品の元値とか、昨日の売り上げとか、買う人の要求を満たせない事情とか、そういういろいろな秘密。それらをなくすということが儲けを確実に社会に還元しているという証明になるし、その信頼によって、アソシエに参加する人=買い物客も増えていく。そして、きちんと情報公開をしてるかどうか確かめるために、消費者からの情報請求制度や監査役選出という制度を整える。
実のところ、消費者の立場においてしか情報公開を要求する欲求は出てこないのだ。モノやサービスを提供するほうは、前に言ったように、貨幣が無いということで、弱い立場にある。しかしまた逆に、自分達が提供するものだから当たり前だけど、モノやサービスに対しての情報は買う立場より圧倒的にあるのだ。だから、金による交換の現場では、不公平は二方向にある。
 新しい技術や、あるいは、どのようにコストを安く仕入れたか(安全性に問題あるが、安い製品とか、安い労働力の外国から仕入れるとか)そういう情報を独占したり、隠したりすることによって、会社は利益を得るのだ。しかし、たとえば、近代科学がそうであるように、情報は広く提供されたほうが社会全体には利益になるに決まっている。しかし、個別の企業にとっては情報は隠すものなのだ。
 これの反対の立場に立つのが、消費者だ。消費する製品が、安全か、不当な方法で入手されていないか、そういう情報をほしいのは、消費者しかいない。だから「新しい働きの場」は消費者が主体となれるような制度を整えているのだ。そして、一度、消費者がその立場に立てば、このような制度は確実に広がっていくに違いない。

もちろん、現在の経済で貧しくされている地域との間では、「新しい働きの場」は普通の通貨レートで計算して、消費者に還元したりはしない。お互いの生活のレベルをみて「フェアトレード」を行うのだ。
現在のトレード=国際貿易というのは、先進産業の能力や投資をして稼ぐ投機人の思惑によって決められている。各国の通貨レートとはそれを反映しているものだ。フェアトレードはそれを批判した、「生活」を視点にすえた「フェア」なトレードということだ。だから、フェアトレードを通したアソシエの交易は、まず、発展途上地域に還元する。もちろん、これは現在の不公平レートに沿ってみたからであって、本当のところはこれは社会全体に還元してるということなのだ。そして、フェアトレードのネットが広がって行くにしたがって、先進地域内で行われているような消費者還元に近いものとなっていくだろう。


(本文は、信太正閏さんとの討議の中で出来上がったものです。感謝します。また、執筆に、柄谷行人さん、ビアトリス・ポッターさんの著書に多くを得ました。)



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