マイノリティの「当事者」「本人」であるとは?「精神病」者、同性愛者として自己定義しようと自分に問いかけている筆者の声に耳をかたむけてみよう。

筆者プロフィール:攝津正 1975年生まれ・元パートタイマー・現在無職


 声の横断


 2003年2月9日、全国「精神病」者集団会員の長野英子氏らが「精神医療をよくする市民ネットワーク」MLなどで呼びかけていた、「つぶせ!予防拘禁2.9全国集会」に参加した。2002年12月10日、衆議院本会議にて与党3党と自由党の賛成多数で可決、衆議院を通過した「「心神喪失者医療観察法案」の参議院での廃案をめざす行動である。

 差別的な法案に反対するだけでなく、精神病の当事者のひとたちと「仲間」として触れ合いたくて、この催しに出ることを早くから決めていたのだが、実際、多くのひとたちの話を聞くことができた。特に地方からきた老人たちの声には、いろいろな訛りとともに、自他の人生への慈愛のまなざしが感じられ、それに接しえただけでも満足だった。
 自らの精神病を会社に隠し、家族とは話題が病気のことになるのを避けるため、夕食は独りでとっている、という老人。「べてるの家」のある地域を故郷のように感じた、車の助手席に精神病の当事者が乗っていると仲間がいる安心感がある、という老人。作業所での日々のささやかな出来事──ひきこもりの人が外に出てこられるようになった話、「成人式に行きたいけど、行けない」という精神病当事者の若者たちが、作業所で成人式を催した話など──を語りつづける老人。
 これらの声に耳を傾けながら、わたしは、かつて所属していた同性愛者の当事者団体、動くゲイとレズビアンの会(アカー)でのピア・カウンセリングの雰囲気を思い出していた(「ピア・カウンセリング」とは、当事者同士が対等な立場で、互いの抱える問題や悩みについて率直に話し合い、解決を図っていく営みのことである)。被差別の当事者の運動だから似てくるのか、それとも、類似を感じる自分に偏向があるのか。

 交流会のあと、弁護士の大杉光子氏が「心神喪失者医療観察法案」を批判的に解説する講演をした。法案の細部についてよく分かっていなかったので、講演を聞きながら理解に努めたが、国家(行政)のやり方はどこででも同じなのだという感想をもった。エイズが最初に問題にされたとき、男性同性愛者が危険な集団として一方的に特定され、(実際には多様な愛と性のかたちがあるのに)専ら肛門性交を行うものとされ、「上からの」調査(監視)の対象にされたように。
 池田小事件以降、重大犯罪に関して、精神病当事者が犯罪を犯す「おそれ」の高い集団として特定され、実行行為の蓋然性を医師と裁判官が評価する仕組みがつくりあげられようとしている、という印象を受けた。個体の振る舞いは自由、多様であって予測し尽くすことなどできないのに、国家は個体の振る舞いの蓋然性を計算し尽くそうとしてやまない。

 しかし真の解決とは社会の差別的構造を変えていくことであり、且つ、当事者自らがリスクを管理する自己統治の実践を広げていくことにある。男性同性愛者は、セーファーセックスというサヴァイヴァル技術を草の根でひろげることを通じて、ひとつの規範を示している。それは、国家が「上から」統制するのとはまったく逆方向の営みである。
 精神病当事者の場合も、解決の鍵は、症状や衝動を飼いならし自己制御する「養生」にあるのではあるまいか(この技術については、神田橋條治『精神科養生のコツ』(岩崎学術出版社)に詳しい)。とはいえ、個々人が「養生」につとめるだけでは社会は変わるまい。集会のあとはデモと街頭での情宣(ビラ撒きなど)が行われ、わたしも参加した。が、通行人の反応はきわめて冷淡だった。

 ところで、1974年5月21日、東京において「第1回全国精神障害者交流集会」が催されたのだが、そのさい次のような出来事があった。

 この第1回集会で注目すべき発言が鈴木国男氏からされている。「キチガイよ刃物を持て。刃物を持って立ち上がれ」。集会でこの発言に共感し拍手をしたのはたった一人と伝えられているが、私はこの発言こそ「精神病」者解放闘争宣言として歴史に刻みつけられるべきものと考える。そして今この発言に共感し励まされる仲間は数多い。(中略)
 鈴木氏の発言は「キチガイに刃物」という差別的な言葉を逆手に取り、鈴木氏はその意味を逆転させむしろ積極的な意味をもたせた。この発言は、「我々は危険でないから社会に受け入れてくれ」とお願いするのではなく、我々は「自分たちを抹殺しようとする危険な攻撃に対しては、もっとも危険な存在として闘う」という宣言であり、「我々の解放は自分たち自身で勝ち取る」という「精神病」者独自の自立した闘争宣言でもある。(全国自立生活センター協議会(編・発行)『自立生活運動と障害文化 当事者からの福祉論』現代書館、この項の執筆・長野英子、p114-115)

 差別的なレッテルや慣用表現を逆手にとるのはマイノリティ運動においてしばしばとられる戦略であるにせよ、このような覚悟をひとりひとりに強いるほどに、たとえば自殺というかたちでの「抹殺」が現実化されるほどに、わたしたちの社会は生きづらくなってしまったのだろうか。


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『自立生活運動と障害文化 当事者からの福祉論』



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