[ 批評的世界 ]

 「タマちゃんを食べる会」のこと


先日の朝日新聞(5・8)に、森達也さんの「タマちゃんを食べる会」というごく短いコラムが載っていた。知人の知人に北海道でトドを撃つ猟師がいる。彼に頼んで眉間に村田銃を一発。あとは河辺でバーベキューだ。そんな内容。加害の自覚を持ち続けること。本当は自分が「動物好き」であることを隠さない森氏が、人間と動物の関係をめぐって言い続けるのはそのことだ。肉食に限らない。ベジタリアンでさえ逃れられない「加害」が人間の日常生活にはある。

《念を押すけれど、沿岸に打ち上げられた鯨の救出劇をテレビを眺めながらハンバーガーをぱくつく僕らの矛盾を一概に否定する気は僕にはない。化粧品や医薬品、洗剤や衣料品など化学物質が含有されるあらゆる商品には、開発するその過程で動物実験が義務づけられている。要するに僕たちの日常は、他の生命を犠牲にしないことには成り立たない。》

森氏は『1999年のよだかの星』という動物実験をテーマにしたドキュメンタ リーも撮っている。ぼくは残念ながら未見だが、先日出た森氏の本『世界はもっと豊かだし、人はもっと優しい』(晶文社)所収のエッセイ「星になれない僕らにできること」によると、このドキュメントのテーマは、やはり「他の生命を犠牲にすること でしか生命は持続できないという矛盾」にあるという(そういえばオウム真理教のドキュメント『A』にも、かつて動物実験に従事していたが、耐え切れなくなりオウムへ入信した青年が出てきた)。宮澤賢治的な感覚。存在することそのものの加害性、ということを考え抜いた時に突き当るぎりぎりの矛盾の感覚。(大澤信亮氏の宮澤賢治論を読んだ時も、ぼくは森氏のことを思い出した。) 森氏の場合、その人間の加害性への自覚は、周りの他人の批判や糾弾へは向わな い。お前も加害者だろ、自覚しろ、とは言わない。むろん他者の批判は必要だ。自覚を促すことも必要だ。でもその批判の言葉はただちに自分に撥ね返ってくる。自分にそれをいう資格があるのか。他人に自覚を求める程の強い自覚がこの自分にはあるのか。わからない。でも何かを言わないわけにもいかない。そのことの矛盾にも森氏は ぐっと耐える。

《殺すことを全面否定するつもりはない。殺すことの自覚を持とうと言っているだけだ。殺さねば生きてはいけない。でも、殺すことの葛藤や煩悶を持ち続ければ、 きっと全身麻痺だけは回避できる。(略)僕らは星にはなれない。矛盾を抱えながら 生き続けるしかない。》

森氏は「世界の復元力を信頼している」と言う。
そこには少しだけナイーヴな甘さがある。でも彼は人間の「優しさ」を無条件に肯定してはいない。やさしさや穏やかさがそのまま(転向や変質としてではなく)過剰 な暴力と残酷さとしてあらわれること――、それが森氏が見出したオウム真理教的なものをめぐる最もクリティカルな問いなのだから。「優しく穏やかなままで彼らは限 りなく残虐になれるのだ。でもこれは彼らだけの問題じゃない」(「ポスト9・11 のアメリカで『A2』を上映する」)。でも森氏はさらにその「先」を言う。はっき り口にする。世界はもっと豊かだし、人はもっと優しい、と。この「やさしさ」の感覚に賭けられているもの。人間のやさしさを信じる森氏自身のやさしさ。オウム/市 民/警察/右翼を巻き込む圧倒的な暴力や、人間の本質としてある加害という原罪性を自覚し、認識し、それでもなおその先にあるもの。

ただ、先のコラム「タマちゃんを食べる会」を読んで、ものすごく痛快なユーモアの感覚をまず感じながら、一つだけ疑念をもった。  
確かにタマちゃんを取り巻く人々、市民やマスコミや何とか団体の人々はみにくい。善意に酔ってるし無自覚すぎる。ブームが去ればタマちゃんがどうなろうと気に もとめない人々が大半だろう。というか、殆ど全員が。でも全員がそうか。違うと思う。ぼくは先日、障害者施設のボランティアで横浜のズーラシアへ行って来た。オカ ピやテナガザルやバクを見て来た。小中高生や幼稚園児がむれになっていた。動物を見ているとぼってりとやさしい気分になる。動物園というシステムについてはまだ問わない。制度化された画一の思考ということも問わない。でもそれだけか。全ての見 学者がそれだけの不毛な感覚しか持ち得ないのか。
タマちゃんが河辺でバーベキューにされた時、心の底から何かを感じる人、悲しみか怒りか苦痛か、それとも言葉に出来ない何事かなのか、そういう人々が必ずいるだ ろう。そういう感覚は、「身勝手さを自覚するために」「歯を喰いしばってでも」タマちゃんを食べる森氏の内側に生じる激しい矛盾と煩悶の感覚と、きっと、拮抗するに足るだけのものだと思う。その時何が生れるのか。誰よりも食べたくなかったため に食べた人と、食べられたことに誰より苦痛を感じるが故に食べた人を批判できない人々、両者の間にどんな対話がひらかれるのか。

……ちなみに森氏のコラムは次の言葉で閉じられている。

《だからタマちゃん逃げてくれ。頭のおかしい自称映画監督が河岸に来る前に。》



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